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2019/10/29 ブログ
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後継者の学校パートナー中小企業診断士の岡部眞明です。 

北陸や北海道に大雪をもたらした三十数年ぶりという寒さの冬も3月終盤ともなれば、例年よりずいぶん早く桜がほころび、この原稿を書いている今日あたりは、ここ千葉県でも桜が5分咲きになっています。東京では、すでに満開を迎え、上野公園などの花見の名所の盛会ぶりをニュースは伝えています。 

「桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子を食べて花の下を歩いて絶景だの春爛漫だのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です」(青空文庫http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42618_21410.html) 

これは、山賊と美しい女を描いた坂口安吾の短編「桜の森の満開の下」の冒頭部分です。 

山賊は旅人を襲い、女のあまりの美しさに夫を殺し、その女房を奪います。女は、殺された夫の仇を取るかのように、夫となった山賊に我儘を言い続けます。まず、手始めに山賊が旅人から奪った7人の妻のうち、老婆以外の6人を殺させ、その後も、京の街人の死体を求め続けるのです。 

山賊は、満開の桜の木の下で感じる不安と、美しい彼女に自分の肚を知られる恐怖とを胸に抱きながら女の我儘に従い続けます。そして、山賊は、女を殺すことを考えますが、決断できません。 

あるとき、花盛りのふるさとの山へ帰ることを決意します。すると、女は、山賊の心変わりに鬼となって山賊に襲いかかりますが、山賊は鬼を殺してしまいます。鬼だと思った死体は女となって横たわっています。女を失った後、男が感じた不安や恐怖は孤独だったのかもしれないと気づきます。女を失い本当に孤独になった男は、温かい気持ちに包まれます。もう孤独を恐れることはないのです。男と女の上に桜の花びらが降り注ぎます、女の体も、女の体に降り注ぐ花びらをかき分けようとする男の手も身体も消えていました。 

猟奇的ともいえる要求をする女の心の内は、夫を殺された恨みだったのでしょう、むごたらしいこともいとわない山賊の心には深い孤独が宿っていました。それは、彼が桜の木の下で感じる孤独と同じ孤独が花見の喧噪に酔う現代人の心にひそんでいると安吾は言いたいのかもしれません。 

安吾は、日本人について「我々は規約に従順であるが、我々の偽らぬ心情は規約とは逆なものである」といい、また、「歴史は常に人間を嗅ぎ出している。そして武士道は人性や本能に対する禁止条項である為に非人間的反人性的なものであるが、洞察の結果である点に於いては全く人間的なものである」((「堕落論」青空文庫http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42620_21407.html)ともいいます。 

「終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。人間は永遠に自由では有り得ない。なぜなら人間は生きており、又死なねばならず、そして人間は考えるからだ」「人間は正しく堕ちきる道を堕ちきることが必要なのだ。・・・堕ちきることによって、自分自身を発見し、救われなければならない。」と、安吾は堕落論を結んでいます。