「STAY HOME週間」に思う
今日、昭和天皇の誕生日(みどりの日)は、小池知事の提唱による「STAY HOME週間」のただなかにあります。
小池知事の記者会見
東京都の小池知事は、4月23日の記者会見で、こんな発言をしています。
「(スーパーや公園の人出に関連して)自分だけは良いと思っていたら、そのことで結局そういう人たちが集まって密になってしまうという傾向があるわけでありまして、自分だけは良いだろうと思うような人たちが集まれば密になってくると。」マスコミも「多くの皆さんは、良識を持って家にいる。」と同意見です。
確かに、スーパーは依然より混んでいるように見えますし、椅子に座って読書をしている老人がいたりします。時間帯のせいもあるのかと思いますが、買い物客の多くは私と同年代の高齢者のようですが、大量の買い物をしているようすもなく、読書の御仁は、パチンコ店営業自粛のあおりでしょう。「長時間滞在されているお客様にはお声をかけさせていただきます。」の張り紙があったりして、密閉・密集・密着の3密退治は至上命題です。
事態は、さらにエスカレートしていて、休業要請に従わない飲食店などに対する嫌がらせ行為が多発しているとのことです。
爆笑問題太田光さん
爆笑問題の太田光さんが、テレビでこんなことを言っていました。
「スーパーに行く人は、自分が買占めてものがなくならないように、少しずつ買うようにしているからスーパーで小まめに買い物をしている。屋内の3密を避けて公園で散歩や運動をしている。それぞれ、まじめに言われたことを守って暮らしている。そこで、「あなたたちの努力が足りない。」というようなの発言はどうなのか…。(私は、小池さん、好きですよ。)」という趣旨の発言をしていました。
我々が持っている能力
私は、以前、「ストレスを感じた場合、実は、ひとは仲間を強く信頼し、寛大になり、自分のためより仲間を守ろうと行動する」と書きました。
一方、人は、ストレスを感じたとき、闘ったり、逃げ出したりする本能を持っています。
ストレスに対する危機感や恐れに対し、攻撃又は忌避する行動は、排除や差別、報復といった行動に向かいがちです。
新型コロナウィルスに襲われている今、日本だけでなく世界中で、繋がろうとする行動と嫌がらせや差別という、両極端の行動となって現れているのです。
今、起こっている繋がろうとする行動と排除や差別、報復、このまるで反対に見えるこれらの行動は、どちらも新型コロナウィルに対処しようとする我々人間に備わった能力という意味で同根です。
どちらも、自分自身だけでなく愛する人々を守るために、新型コロナウィルスにたちむかっていく姿なのです。
与えられたすべてを駆使する
小池都知事は、時々、自らの発言で世の中を混乱させることがあるようです。「排除します。」といって、自ら作った「希望の党」が結局なくなったり、「ロックダウン」で、主婦を買占めに走らせたりしています。権力者は「善意」と「使命感」に駆られて、価値の強要を始めてしまいがちです。今は、必要な時なのだろうと思いますが、多様性や自由が失われてしまうリスクに対する対応が求められます。その時にこそ、社会に求められる価値とは何かが問われるのではないでしょうか。その先にあるものは、歴史が教えてくれています。
この新型コロナウィルス禍を乗り越えた先の世界に、責任を持たなければならないのは、権力者ではなく私たちなのかもしれません。
信頼・寛容と排除・差別、与えられたすべての力を駆使して生き延びなければならないのです。
そして、これらの力は、同根であるが故に、すぐに入れ替わるものであり、適切に使われなければ、害をもたらしかねないことを知らなければなりません。
いつ何をどのように使うか?それが問題なのです。